はいふり批評27 他人の作った料理にダメ出しをする女たち

何を食べているのか言ってみたまえ、君がどんな人間か当ててみせよう。

――ジャン・アンテルム・ブリア=サヴァラン「美味礼讃」

「私の書くはいふり批評はここで終わりとなる」とか言っていた気がするが、ちょっと書きたいことが出てきたので再開する。終わるとか続けるとか宣言せずに、気になることがあったら書き出すスタンスにしようと思う。うん、そうしよう。

今回やろうとしているのは作品の中に出てくる料理に着目したものである。はいふりにはいろいろな料理が出てくる。その料理、あるいは料理に対する反応に着目してみたいと思う。

食事に現れたはいふりのビジネス

はいふりに出てくる食べ物は色々とあるが、この節で取り上げるのは「五十六どら焼き」「はいふりプリン」である。この2つには共通点がある。最初からコラボ商品として売り出すことを想定して作品内に登場したという点だ。

当時の公式Twitterのツイートが以下になる。

作中に出てきた食べ物が実際に食べられる、と言うこと自体はコラボカフェなどでよくある話ではあるが、通常販売されるのはかなり珍しい。一応調べてみたのだが、クレヨンしんちゃんに出てくるチョコビくらいしか該当するものがない。ただ、チョコビが作中登場したのと同じパッケージで発売されたのは2006年になってからのようだ。

注目すべきなのは、国民的アニメでしかやらないような商品化をオリジナルアニメであるはいふりがやったということである。そしてそのビジネスの痕跡がアニメの中に映像として残っている。これは以前ビジネス批評で語った「はいふりロゴ」の話と繋がる部分でもある。

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通常聖地をアニメに出す場合、元々その場所で売られているものを描写して聖地巡礼時の購買を促進するものだ。だが、はいふりで出てくるものはこの作品のために新しく作り出されたオリジナル商品がほとんどである。新しく商品を作るのはそれなりのコストがかかるはずだが、それでもペイできると判断しコラボ店側とも交渉したというのは並々ならぬ情熱のなせる業だろう。

こう考えると、はいふりの聖地との係わりは他のアニメとはずいぶんと毛色が違うことが分かる。

食事を批判するドイツと日本

食事関連で忘れてはいけないのは6話のエピソードだろう。日本食が苦手だというミーナのために伊良子美甘がドイツ料理を作ってあげるという話だ。ご存じの通り、美甘の作ったドイツ料理はミーナからすべてダメ出しを食らう結果になる。

このエピソードと反対になっているのが9話である。シュペー奪還が成功した後のパーティーでシュペー乗組員がクネーデル*1やマチェス*2をお寿司のネタにした料理を提供する。機関科メンバーがその寿司を食べているシーンがあるが、何とも微妙な表情をしている。

なぜかは分からないが、はいふりの食事において多文化を受け入れようとする行為は必ず失敗するようだ。これは国や艦種を問わず団結して最終決戦へと挑むメインストーリーとは真逆に思える。

これを「脚本を書いた鈴木貴昭がドイツで食事した時のあるあるネタを入れたのだろう」と解釈するのは簡単であるが、ここではもう少し考えてみようと思う。

まず別の国の料理が舌に合わない、ということ自体はありふれた出来事である。どこで読んだか忘れてしまったが、外交官がその国一番のレストランで食べたステーキがとんでもなく不味かった、というエピソードがある。もちろんそのお店は調理に失敗したわけではなく、その国では美味しい味付けをしていただけなのだ。

そもそも日本は高温多湿でそのまま牧畜に転用できる土地が少なかったり*3、牧畜に向く動物がいなかったりでどちらかと言えば漁業が中心な生活をしていたようだ*4。歴史的に塩漬けニシンのような加工品が魚食の主だった欧州とは寿司のネタで解釈違いが起きても仕方がないだろう。

また、気候の違いからくる建物の違いに端を発して日本では鍋料理が、欧州では弱火で煮込む料理やフライパンで焼く料理が発展した、という説もある*5

このような食文化の違いがはいふりのあのシーンに集約されていたのではないだろうか。そして、この受け入れがたい違いを描きながらも日本とドイツは12話で一つの目的のために共闘するのである。そう、むしろ受け入れの失敗はメインストーリーの強調につながっているのだ。

彼女たちにとって、「受け入れがたい文化」は一緒に戦うための妨げにはならない。「受け入れられないことがあっても一緒に歩くことはできる」のである。多様性の尊重が叫ばれる現代において、この描写は示唆に富んだものであるといえるだろう。

おわりに

「食」と言うものに注目してはいふりを見てみたらどうだろう。と思ってこの批評を書いてみたが、なかなかどうして面白い結果になった。

ビジネス関連から見た場合と文化の受け入れから見た場合の両方で言えることだが、はいふりは食事に関することになるとやけに情熱的・感情的になる。

なぜこのような傾向が見られるのかは知る由もないが、こうした発見は楽しいものである。はいふりを語る際の肴が一つ増えたということだからだ。今後もこうした肴が増えていくように、様々な角度ではいふりと言う作品を眺めていきたいと思う。

それと、今回話に出てきた五十六どら焼きは横須賀にあるさかくら総本家横須賀中央店で現在でも発売されている。中にバタークリームが入っているタイプなのでどら焼き原理主義者の方は激怒するかもしれないが、美味しいのでぜひ食べてもらいたい。

*1:ドイツ風の団子料理

*2:若ニシンの塩漬け

*3:田豊之「肉食の思想」

*4:佐藤洋一郎「食の人類史」

*5:田中康弘「ニッポンの肉食」