はいふり批評25 読者反応批評への機械学習の応用

聖書はそれを読むひとびとすべてとともに成長する

――グレゴリウス一世「ヨブ記講解」

以前読者反応批評を実施した時に「現代用の読者反応批評理論の構築も可能なのかもしれない」と書いていたが、以降その方法を考えてきた。

no-known.hatenablog.com

今回は新しい読者反応批評として考えついた方法を一つ試してみたいと思う。今回行うのは、流行りの機械学習の成果を読者反応批評に応用してみようというものである。

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はいふり批評24 はいふりから萌ミリを眺めて

芸術家にとって芸術とは感動の対象でもなければ思索の対象でもない、実践である。作品とは、彼にとって、己のたてた里程標に過ぎない、彼に重要なのは歩く事である。

―—小林秀雄「様々なる意匠」

前回の最後に書いたように、今回は批評というよりはいふりの「間テクスト性」を見ていくという、研究に近い内容になる。はいふりに関連した作品などを拾い集めて作品の出自を明らかにしたいと考えている。

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はいふり批評23 寄せ集めのクラスとはいふり

作者の個性を感じさせず、他者にゆだねられた芸術の理想的な姿こそ、ウォーホルが生涯にわたって見つめてきたイコンに他ならなかった。

イコンにとって作者は重要ではなく、作品の個性もオリジナリティも必要とされないが、教会や家庭で日常的に崇敬されている。

――宮下規久朗「美術の力 表現の原点を辿る」

今回は「ポストモダニズム批評」を試していきたいと思っている。

本来はもっと前に手を付けるべきだったが、なかなか概念を理解できず、それゆえにはいふりにどう適用すべきかもわからずに煮詰まっていた批評だ。

この批評では今まで実施してきた批評のほとんどを批判的に見ることになる。

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私の好きなアニソン(個人)総選挙2020 結果発表

去る9月6日。アニソン総選挙2020*1という番組が放送され、WEBサイトでの投票結果が発表された。

だが、驚くべきことにこのランキングの中にはいふりの曲が一曲も入っていなかったのである。

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はいふり批評22 RATtウイルスの起源を探る

哲学者たちにとってもっともむずかしい仕事の一つは、思想の世界から現実的な世界のなかへおりてゆくことである。

ーーマルクスエンゲルスドイツ・イデオロギー

今回行おうとしている批評は、今までの批評とはかなり趣が異なる。私自身、この批評を見たとき批評と呼んでよいものか疑問だった。しかし、一方でこの批評はかなり多くの人が、それこそ「批評」などする気もないような人々でさえ頻繁に使用している方法論でもあるのだ。

作品の中に入り込んでいくようなアプローチを特徴とするこの「透明な批評」を今回は試していく。

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劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト 再生産総集編

つい先日劇場公開されたばかりの「少女☆歌劇 レヴュースタァライト 再生産総集編」を見てきました。TVシリーズは見ていなかったんですが、ちょっと興味があったので視聴。その感想的なものになります。

TVシリーズの総集編らしいのでネタバレ云々はあんまり意味がないかもしれませんが、まだ見ていない人は一応注意してください。

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はいふり批評21 「はいふりは胸に甘えていない」とはどういうことか

俺は小さいオッパイが好きだぜ。だって、あれって『いらっしゃいませ!よろしくね!』って感じじゃない。でも巨乳は『悪いけど、5分以内でたのむわ』って感じだもの

ーーミッチ・ファテル

 2019年6月2日。「ハイスクール・フリート WEB特番 ゲームと映画でピンチ!」の中で司会を担当したアナウンサー松澤千晶は以下のような印象的な一言を残した。

はいふりは胸に甘えていない

さて、「胸に甘えていない」とはどういう意味なのだろうか。逆に他のゲームやアニメは胸に甘えている、ということなのだろうか。実際にその認識が正しいと仮定して、なぜそのような認識は生まれるのだろうか。

今回は一般的な批評理論を使った内容ではない。「作品には製作者の性的欲望が反映されている」という仮定を元に作品を読み解こうとする行為、仮にこれを「リビドー批評」と名付けその実践を行うものである。

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