はいふり批評15 はいふりはなぜ成功したのか

ああ、金、金!この金のためにどれほど多くの悲しいことがこの世に起こることであろうか!

ーーレフ・トルストイ

アニメの製作者として、私たちが一番最初に思い浮かべるのは監督、脚本、キャラクターデザインなどになるだろう。アニメの製作現場を描いたTVアニメ「SHIROBAKO」では制作進行という普段あまり表に出ない人物を中心に話を進めていた。

今回の批評はそのアニメ製作者の中の「プロデューサー」に焦点を置いた批評となる。仮にこれを「ビジネス批評」としよう。

※現在TVでハイスクール・フリートの放送をやっていますが、この批評にはネタバレが多分に含まれるため、気を付けてください※

他に類を見ない宣伝をしたアニメ

「ビジネス批評」…私が先ほど勝手に考えて勝手に命名した批評だが、一応定義をしておかなければこの先の批評が困難になるだろう。

この批評は単純に言ってしまえば「対象アニメのビジネス上の特性を明らかにする批評」である。方向性だけで方法論などはない。だが、方向性さえ分かればはいふりのように極めて特徴的なアニメに対しての適用はたやすい。

そう、はいふりにはビジネス上、他のアニメには無い特徴がある。

はいふり」はなぜひらがななのか

はいふりのTVアニメ第一話、そのAパートからBパートの間にアイキャッチが挿入される。「はいふり」というひらがな四文字の、なんとも可愛らしいロゴだ。ところがである。この「はいふり」というロゴはこの第一話を最後に出てこなくなる。その後のアイキャッチはすべて「ハイスクール・フリート」という少しカッコイイ感じのロゴになる。

さて、これは一体なんなのだろうか?

第一話の放送時には「ハイスクール・フリート」のロゴが出来ていなかったために代わりに挿入された? いや、OPの最後にちゃんと出てきているではないか。 それにいちいち別のロゴを用意する方が手間がかかるだろう。

そもそも「はいふり」とはなんなのか? 「ハイスクール・フリート」の略称というのは分かるが、それならばカタカナで「ハイフリ」が正しいのではないか? 一体これはどういうことなのか。

 

この疑問の答えはTVアニメのはいふりを見ているだけでは、永遠に分からない。

今はまだほとんどの方が知っていることではあるが、これはアニメ製作者側が仕掛けたプロモーションの一つなのである。

はいふりは第二話以降から作品のタイトルを変更した、この世で唯一のTVアニメなのだ*1。その詳しい状況は以下の記事にまとまっている。

nlab.itmedia.co.jp

 

第一話放送後にホームページや広告をすべて「はいふり」から「ハイスクール・フリート」に切り替える。その大々的なプロモーションの結果、第一話のアイキャッチには映像として「はいふり」が残っているのである。

さて、このプロモーションはかなりの波紋を起こした。作品タイトルが変わったことにより、録画を失敗した人が出てきたのである。これは単純に機会の損失に見えるが、このことが話題になって逆に観たという人もいるので正否の判断は難しい。

おそらくプロデューサーが意図した形とは変わってしまっただろうが、この「タイトル変更」というプロモーションは見事に成功したと言っていいだろう。そうでなければ、パッケージもあれほど売れなかったと考えられる。 

はいふりまどか☆マギカの不思議な関係

前述したとおり、「はいふり」から「ハイスクール・フリート」に変わったのはプロモーションの一部である。しかし、この誰もやったことのないプロモーションに踏み切ったのは一体何故なのだろうか。私は、とある成功例を参照してこのプロモーションを行ったのではないかと考えている。

その成功例とは、「魔法少女まどか☆マギカ」である。

ハイスクール・フリート魔法少女まどか☆マギカには共通点が意外なほど多い。

  • アニプレックスが幹事会社
  • オリジナルアニメーション
  • キャラクターデザインをいわゆる「日常系漫画」を描いている人物に依頼
  • 実際の内容を放送前は隠していた
  • 最終話でやっと「タイトル通り」となる

特に今回関係があるのは「実際の内容を放送前は隠していた」という部分だろう。魔法少女まどか☆マギカは普通の魔法少女ものを装い、それを第三話で転換してみせた。また、アニメ誌にもあらすじを提供せず、その内容を隠し続けていた。上記のあらすじ提供を止めようと提言したのが、この時まどか☆マギカの宣伝担当ではいふりのアソシエイトプロデューサーの神宮寺学である。また、当時のまどか☆マギカのプロデューサーがはいふりの企画をした岩上敦宏なのだ。

はいふりまどか☆マギカのやり方をさらに先鋭化させている印象を受ける。先ほど名前が出た岩上敦宏はまどか☆マギカの宣伝について以下のようにインタビューに答えている*2

 何が起こるかわからない、という感じをいかに高めていくか、が勝負でした

「何が起こるか分からない、という感じ」という部分はまさにはいふりにも当てはまる。日常系のように宣伝を打って、実際に蓋を開けてみれば第二次世界大戦の艦艇に女子高生が乗り込むアニメで、タイトルまで変わってしまう。ここにまどか☆マギカから受け継いだ方法論が、はいふりにも息づいていることを感じ取れる。

はいふりは「アイドルアニメ」である

一体何を言っているんだという章題ではあるが、もちろん理由がある。

はいふりで話題に出されることに、前述のタイトル変更の他に大量のグッズ展開がある。公式サイトのGOODSページ*3を見るとその膨大さに圧倒されるが、これでも一部分にすぎない。

種類がただ多いだけではなく、なんと晴風クラス31人+1人分のグッズをかなりの頻度で作っているため、他アニメに輪をかけて数が多くなっているのだ。

ここで奇妙なのは、明らかにアニメでクローズアップされていた艦橋メンバー以外でも、放送後かなり早い段階からグッズが作られて売られていたという事実である。普通は作中である程度露出があり、人気になるだろうというキャラを中心にグッズは作られる。露出がかなり少ないキャラ、特に作中で名前を一度も呼ばれていないキャラもいる中でこのグッズ展開はいささかリスキーに見える。

似たようなことは、グッズ展開以外でも起きている。例えば、はいふり横須賀市のコラボ企画であるが、最初に行ったコラボで市内34店舗(!)で食事をして缶バッジを貰うものがある。この34店舗にはそれぞれキャラの等身大パネルが飾られていた。

www.cocoyoko.net

このかなり強気な展開には、当然理由があるだろう。

メガミマガジンの2017年5月号ではOVA発売前の記事として原案鈴木貴昭とプロデューサー神宮寺学の対談が掲載されている。その中の神宮寺学の発言を引用しよう。

 テレビシリーズはストーリーの関係で艦橋組をフィーチャーしていましたが、主役はあくまで「晴風」クラス全員ですから。

確かに、上記の発言を裏付けるように最初から晴風クラス全員には詳細なプロフィールが設定されていた*4。同形式の作品であるガルパンでは初期からいるキャラでも誕生日が不明な者も多く、スタンスの違いが見て取れる。

ここから、「クラス全員が主役」というこの作品のスタンスが、グッズやイベント展開に影響を与えているのだろう、と推測が可能だ。

さて、それではなぜ「クラス全員が主役」というスタンスを採用しているのだろうか。これには、いかなる意味があるのだろうか。ここで私は、このスタンスをアイドルビジネスと結びつけるべきだと考えている。

アイドルの変容とはいふり

まず、日本における各年代のアイドルを簡単にまとめよう。

ここで、「アイドルグループ」と呼ばれる複数人で結成されたアイドルに注目したい。70年代のピンクレディーは2名、キャンディーズは3名。80年代のおニャン子クラブは結成時11名。90年代のモーニング娘。は結成時5名、現在*514名。00年代のAKB48は48名、乃木坂46は46名。

だんだんとグループの人数が大きくなっていることが分かるだろう。これはマイクロインタレスト(嗜好の細分化)へと対応した結果だと考えられる*6。実際にAKB48グループをプロデュースした秋元康は、日経ビジネスオンラインの記事で以下のように答えている。

 誰かが「この子いいね」と言ったら、他の全員が「えー!」と言っても必ず合格させます。なぜなら、その人と同じ感覚で「いいね」と共感してくれるファンが必ずいるからです。それを点数が高い順に上からとってしまえば、平均化した集団になってしまいます。誰かのツボは必ず誰かのツボなんです。

business.nikkei.com

嗜好が細分化した今の時代、誰もがある程度納得できる人物ではなく、誰かのツボにはまる人物を採用していく。AKB48は、この成功例の最たるものである。

そして、この方法論をはいふりも採用しているのだ。晴風クラスすべてに詳細なプロフィールを掲載しているのは、出身地や誕生日、趣味・特技、好きな食べ物などから視聴者の共感を呼び起こしてファンにするための戦略だと思われる。

晴風クラスは「歌って踊らないアイドル」だ

晴風クラスをアイドルとして捉えたとき、グッズの展開以外にも類似する点が見受けられる。それは、「選挙」を行う点である。はいふり公式はキャラソンの作成をファンの投票によって決める傾向があるのだ。

OVAでは事前に公式HP上で投票を実施、投票数上位9名の中からニコ生で直接決戦投票を行って歌うキャラを決定した*7。Blu-rayBoxでは2018年4月7日に横須賀で開催された「おじさんばかりでピンチ!」内にて、参加しているファンの挙手によってキャラを決定した。そして、劇場版の特典として6キャラのキャラソン作成も、HP上での投票でキャラを決めている*8

さながらAKB48の総選挙のようである。AKB48の総選挙ではCDを買った分だけ投票券を得ることができるが、はいふりも同様に時間をかければ自分の好きなキャラにいくらでも投票できるシステムだった。

こういったアイドル的な傾向を見てみると、はいふりを「歌って」「踊らない」アイドルものと定義することもできるだろう。そうなると、ジャンル批評は更なる混乱に苛まれることになる。

 

ちなみに、先ほど「踊らない」としたのだが、実際のところ「踊る」ことも想定していたのかもしれないと思う節もいくつかある。

代表的なのは声優を前面に押し出そうとしていた雰囲気があるところだ。はいふりのDVD/Blu-rayには毎巻ブックレットが付いてくるのだが、そこに声優のミディアムショットの写真とともに演じたキャラへの思いなどが添えられている。

また、2016年に実施したイベントである「横須賀赤道祭」ではそのパンフレットとして声優33名の写真を載せている。

ライブエンターテイメントを前提とした作品だと声優をそのまま舞台で踊らせることもあるため、露出させるのは良くあることだ。だが、はいふりのようなアニメでこの傾向は珍しい。もしかすると、はいふりもビジネスプランとしてライブで稼ぐことも視野に入っていたのかもしれない。もっとも、どのようにライブで稼ぐのかは全く見当がつかないわけだが。

おわりに

はいふりがビジネス的に成功した理由は以下のようにまとめられる。

  • 情報を絞ったり、タイトル変更を行ったことで視聴者に興味を持たせることに成功した
  • マイクロインタレストの時代に適用し、キャラを増やし、特徴を詳細に定めたことで多くのファンを獲得した

今回、プロモーションや資金集め、リクープの方法を考えているプロデューサーの方々に少しでもスポットを当ててみたいと思って考えたのがこの「ビジネス批評」である。アニメ制作に関わっている人ももちろんだが、ビジネス的なことで駆け回っているプロデューサーも、忘れてはいけないアニメの立役者なのだ。

正直、私も以前はプロデューサーなどを意識しなかった。意識するようになったのは幻影ヲ駆ケル太陽あたりからで、このハイスクール・フリートで比重が一気に上がったように思う。

まだ語り足りないことは多い。メディアミックスのやり方や再放送の頻度などがそうだ。これらは考えがまとまった後に改めてまとめようと思う。

とりあえず今、直近で言いたいことは一つだけである。赤坂泰基さん、大塚則和さん、大和田智之さん、柏田真一郎さん、神宮司学さん、上原 温さん。明日マラソン頑張ってください。

*1:2019年11月時点

*2:まつもとあつし著『コンテンツビジネス・デジタルシフト』P.113

*3:https://www.hai-furi.com/goods/

*4:https://www.hai-furi.com/character/

*5:2019年11月23日

*6:阪本啓一著『「こんなもの誰が買うの?」がブランドになる』

*7:https://www.hai-furi.com/special/charasong/

*8:https://www.hai-furi.com/special/charasong-movie/