アンドレア「英雄のいない国は不幸だ!」
ガリレイ「英雄を必要とする国が不幸なんだ」
ーーベルトルト・ブレヒト「ガリレイの生涯」
今回は伝統的批評の一つである「伝記的批評」に手を付けていく。これはその名の通り、作品を作者の人生の反映として見る「伝記的」なアプローチである。
続きを読むアンドレア「英雄のいない国は不幸だ!」
ガリレイ「英雄を必要とする国が不幸なんだ」
ーーベルトルト・ブレヒト「ガリレイの生涯」
今回は伝統的批評の一つである「伝記的批評」に手を付けていく。これはその名の通り、作品を作者の人生の反映として見る「伝記的」なアプローチである。
続きを読む彼らの批評姿勢は、彼らを取り巻く世界の先入観と信念と分かちがたく結びついている。だから、これはなんら責められるべきことではない。
ーーテリー・イーグルトン「文学とは何か」
ここまで、はいふりを4つのジャンル、すなわち「お仕事系」「戦闘美少女系」「ミリタリー系」「サイエンス・フィクション(SF)」に分けて検討してみた。今回は最後の総評となる。
続きを読む
おれが生を享けた憎むべき日よ!呪われた創造主よ!
おまえでさえ嫌って顔をそむけるような醜い怪物をどうしてつくったのだ?
――メアリ・シェリー「フランケンシュタイン あるいは現代のプロメテウス」
はいふりに対して行うジャンル批評もこれで最後になる。ここではサイエンス・フィクション(SF)としてはいふりを見ていく。
果たして、はいふりはSF作品なのであろうか。SF作品である場合、その特徴はなんだろうか?
no-known.hatenablog.com
私はハイスクール・フリート(はいふり)という作品が好きだ。
放送当時から各話好きだったが、決定的にしたのは最終回である。最終回の内容を詳しくは書けない、ネタバレになるし、来年から始まる再放送を初見の人にも見てもらいたいから。
しかし、最終回は「久々にアニメを見たな!」という思いが心の底から湧いて出たほどの出来であった。脚本も、映像も、音楽も、すべてが私のもつ感受性のアンテナにぴったりのものを送りつけてきやがった。
やっぱりアニメを見たとき最高に盛り上がるのはこういう瞬間だと実感した。アニメ製作者側からの「さあ、ここで一気に盛り上げて・・・しばらくは抑える、まだ、まだだぞ・・・ここで他の楽器も加わって!音を爆発させて!だが、ここで終わりじゃあない、最後の最後・・・ここだ!ここが一番表現したかった部分なんだ!この交響曲のクライマックスであり、完成だ!」という叫びが聞こえてくる瞬間!
そしてその叫びを受け止めるだけの十分なアンテナを自分が持っていた瞬間!
全身の血管がはち切れるのではないかと疑うほどの興奮状態になり、常にそわそわし始めて、結局同じアニメを二度三度見る・・・それこそが最高のアニメ体験なのだ。
この記事を書いているのは、私と同じ体験を出来るかもしれない人たちに、はいふりという作品があることを伝えるためである。
先ほども書いたが、来年からはいふりの再放送が始まる。ぜひ見てほしい。
この体験が、決して私だけのものではないことを願って。
戦闘美少女というイコンは、おたく的ブリコラージュの見事な発明品である
ーー斎藤環「戦闘美少女の精神分析」
はいふりを戦闘美少女系として見たとき、そこには何が見えるのだろうか。今回の視点はそこにある。
続きを読む