はいふり批評6 ジャンル批評まとめ

 彼らの批評姿勢は、彼らを取り巻く世界の先入観と信念と分かちがたく結びついている。だから、これはなんら責められるべきことではない。

ーーテリー・イーグルトン「文学とは何か」

ここまで、はいふりを4つのジャンル、すなわち「お仕事系」「戦闘美少女系」「ミリタリー系」「サイエンス・フィクション(SF)」に分けて検討してみた。今回は最後の総評となる。

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はいふり批評5 巨大なSFと小さなRATt

おれが生を享けた憎むべき日よ!呪われた創造主よ!

おまえでさえ嫌って顔をそむけるような醜い怪物をどうしてつくったのだ?

――メアリ・シェリー「フランケンシュタイン あるいは現代のプロメテウス」

はいふりに対して行うジャンル批評もこれで最後になる。ここではサイエンス・フィクション(SF)としてはいふりを見ていく。

果たして、はいふりはSF作品なのであろうか。SF作品である場合、その特徴はなんだろうか?
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はいふり!はいふり!!はいふり!!!

私はハイスクール・フリートはいふり)という作品が好きだ。

放送当時から各話好きだったが、決定的にしたのは最終回である。最終回の内容を詳しくは書けない、ネタバレになるし、来年から始まる再放送を初見の人にも見てもらいたいから。

しかし、最終回は「久々にアニメを見たな!」という思いが心の底から湧いて出たほどの出来であった。脚本も、映像も、音楽も、すべてが私のもつ感受性のアンテナにぴったりのものを送りつけてきやがった。

やっぱりアニメを見たとき最高に盛り上がるのはこういう瞬間だと実感した。アニメ製作者側からの「さあ、ここで一気に盛り上げて・・・しばらくは抑える、まだ、まだだぞ・・・ここで他の楽器も加わって!音を爆発させて!だが、ここで終わりじゃあない、最後の最後・・・ここだ!ここが一番表現したかった部分なんだ!この交響曲のクライマックスであり、完成だ!」という叫びが聞こえてくる瞬間!

そしてその叫びを受け止めるだけの十分なアンテナを自分が持っていた瞬間!

全身の血管がはち切れるのではないかと疑うほどの興奮状態になり、常にそわそわし始めて、結局同じアニメを二度三度見る・・・それこそが最高のアニメ体験なのだ。

 

この記事を書いているのは、私と同じ体験を出来るかもしれない人たちに、はいふりという作品があることを伝えるためである。

先ほども書いたが、来年からはいふりの再放送が始まる。ぜひ見てほしい。

この体験が、決して私だけのものではないことを願って。

はいふり批評4 心にミリタリー魂があるんだよ

「このニ長調ソナタはたしかに、一般的な意味合いでの名曲ではない。構築は甘いし、全体の意味が見えにくいし、とりとめなく長すぎる。しかしそこには、そのような瑕疵を補ってあまりある、奥深い精神の率直なほとばしりがある」

ーー村上春樹意味がなければスイングはない

お仕事もの、戦闘美少女ものに続いて、「ミリタリーもの」としてのはいふりを確認してく。

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はいふり批評3 戦闘美少女からの逸脱

戦闘美少女というイコンは、おたく的ブリコラージュの見事な発明品である

ーー斎藤環戦闘美少女の精神分析

はいふりを戦闘美少女系として見たとき、そこには何が見えるのだろうか。今回の視点はそこにある。

 

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はいふり批評2 ~チームリーダー岬明乃~

 信頼とはすべての重要な人間関係の核である。信頼なしには、与えることも、一体感を得ることも、リスクを冒すこともできない。

ーーテリー・ミズラヒ

今回は前回のはいふり批評で最も重要だと判断した「お仕事系」という切り口ではいふりを読み解いていこう。

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はいふり批評1 はいふりとは何だったのか?

陰口きくのはたのしいものだ。人の噂が出ると、話ははずむものである。みんな知らず知らずに鬼になる。よほど、批評はしたいものらしい。

――小林秀雄「批評家失格Ⅰ」――

はじめに

ハイスクール・フリート(以下、はいふり)という作品には多様な評価がある。私が感じるところだと、はいふりの評価は両極端であり、人によって評価が真逆になる傾向が強い。

そこで「結局のところ はいふり とはどんな作品だったのであろうか」という疑問を突き詰めるため、この「はいふり批評」を書きはじめた。

当然はいふりの内容に関して触れており、ネタバレを含むので注意していただきたい。 

はいふりのジャンルは何なのか?

 最初に、はいふりのジャンルは何なのかについて考えてみようと思う。

と、その前に「作品をジャンルに分ける」という行為が、批評において意味のない行為と考える人もいるだろう。「はいふりはミリタリー作品である」と宣言したところで、「だからなんだ?」というわけだ。この宣言は読者(視聴者)に何の価値も提供しないように思われる。しかし、それは誤った理解だ。

「作品をジャンルに分ける」という行為は「この作品はこの文脈で読めばよいですよ」という情報を読者に提供するためにある*1。例えば、はいふりをロボットアニメというジャンルだと認識して視聴した場合、はいふりは駄作以上の何物でもない。なにしろロボットが出てこないのだから。このような例はあまりに極端だとしても、ジャンルを適切に分類することが、作品を視聴する際に重要なことは分かるだろう。

 そして、ジャンル分けはその重要性故に、誤った分類は致命的な解釈違いにぶつかることになる。ジャンル分けは批評の分水嶺と言えるかもしれない。この後、私の考えるはいふりのジャンルを列挙するが、作品を読み込むことでそれが変わっていく可能性もある。

 想定されるはいふりのジャンル

 私が想定するはいふりのジャンルは以下の4つである。

  1. お仕事系
  2. 戦闘美少女系
  3. ミリタリー系
  4. サイエンス・フィクション(SF)

1~4の順番は私が考えている重要度を反映している。

お仕事系とは何らかの仕事をテーマにした作品のことだが、はいふりブルーマーメイド*2の仕事(航路保全、海難救助)をテーマにしていると考えられる。

戦闘美少女系とはセーラームーンプリキュアのような「女の子が戦闘する」作品である。はいふりも艦艇を用いた戦闘シーンがあるため、戦闘美少女系に分類されると判断している。

ミリタリー系ははいふりがよく分類されるジャンルである。旧日本海軍艦艇が多数登場すること、晴風が実在の駆逐艦のエピソードを取り込んだ運命となっていることなどが分類の根拠である。

最後のサイエンス・フィクションだけジャンルの大きさが場違いになっているが、RATt関連を見るとはいふりをSFとして視聴するのはあながち間違いではない。

各ジャンルの重要度について

私的な分類ではあるが、重要度付けの理由も書いておく。まず、ミリタリー系の重要度が低くなっているが、これははいふりが戦争やそれに類する争いがメインの話ではないからという理由からである。また、主なミリタリー要素である各種艦艇も実在していたものとかけ離れた設定になっているため、ミリタリー系としては重要度を低くした。

次に戦闘美少女系よりお仕事系の重要度を高くしているが、この順位付けはかなり微妙な判断である。作品全体の整合性を考えたとき、戦闘と関係のない話が複数入るはいふりは、お仕事系の傾向がより強いと判断した。

次回以降の流れ

冒頭ではいふりの評価は両極端になっていると書いたが、その大きな理由はこのジャンル分類の誤り、あるいはその困難さに起因しているのではないかと私は考えている。つまり、本当はお仕事系として読み込むべきはいふりを、戦闘美少女系やミリタリー系として読み込んでしまったがために評価を誤ってしまったのではないか? ということである。

次からは重要度の高いお仕事系を切り口にしてはいふりを見ていく。

*1:参考:ノエル・キャロル『批評について 芸術批評の哲学』

*2:はいふり作中で出てくる架空の職業。女の子たちの憧れの職業となっている