俺は小さいオッパイが好きだぜ。だって、あれって『いらっしゃいませ!よろしくね!』って感じじゃない。でも巨乳は『悪いけど、5分以内でたのむわ』って感じだもの
ーーミッチ・ファテル
2019年6月2日。「ハイスクール・フリート WEB特番 ゲームと映画でピンチ!」の中で司会を担当したアナウンサー松澤千晶は以下のような印象的な一言を残した。
はいふりは胸に甘えていない
さて、「胸に甘えていない」とはどういう意味なのだろうか。逆に他のゲームやアニメは胸に甘えている、ということなのだろうか。実際にその認識が正しいと仮定して、なぜそのような認識は生まれるのだろうか。
今回は一般的な批評理論を使った内容ではない。「作品には製作者の性的欲望が反映されている」という仮定を元に作品を読み解こうとする行為、仮にこれを「リビドー批評」と名付けその実践を行うものである。
リビドー批評概要
「ビジネス批評」と同様に「リビドー批評」にも一応の定義を与えておこうと思う。
この批評の考えは、大筋で精神分析批評とほぼ同じである。作品を無意識の表出としていた精神分析批評に対して、リビドー批評は作品を性的欲望の表出とする。もちろん精神分析批評でもセクシャリティの観点はあるのだが、今回はより科学的な調査の結果を批評に反映したいと考えている。
このような批評を考えついたのは行動経済学者ダン・アリエリーの研究を知ったからだ。彼は性的興奮が行動に及ぼす影響を調べるため、学生に通常時と性的興奮した状態(マスターベーションを行っている状態)でアンケートに答えてもらうという実験を行った。結果は性的興奮をしているときの方がより不道徳な性行為を行おうとする傾向が強くなる、というものだった*1。
わたしたちは性的に興奮した状態だと通常ではありえないような判断を行う可能性がある。あるいはその性的興奮が高かった作品に強烈に惹かれることによって、その作品を「面白かった」と評価するのではないか。この考えが、リビドー批評の根底にある。
男性が女性に抱く性欲のトリガー
はいふりに性的欲望が反映されているか否かは、当然性的欲望なるものがどのように生まれて、どのような傾向を持っているのかを知らなければならない。
ボストン大学のオギ・オーガスとサイ・ガダムはインターネット上の検索結果や18禁サイトを駆使して男女が何に性的興奮を覚えるのかについて分析を行った*2。男と女では性的欲望のトリガーとなる事象は全くと言っていいほど違うが、今回は男性向けと思われるはいふりに対する批評なので、男性の性的欲望に焦点を絞りたい。
男性は何に対して性的欲望を抱き、そして高めるのだろう? それは「若い子」「胸」「尻」「足」そして「ペニス」である。この対象はヘテロセクシャルでもホモセクシャルでも違いがない。
男性は女性よりも身体パーツに対して興味を惹かれることが多い。これは万国共通なようで、「日本」の「オタク」というかなり特殊な条件で絞ってみても変わらない。Pixiv*3のR-18ランキングではイラスト部門だと100位中99作品が男性向けと思われる内容だった*4。逆に同じPixivの小説部門では100位中5作品程度しか男性向けと思われるものはなかった*5。
この男性を刺激する項目を元に、はいふりを読み解いていきたい。
「はいふりは胸に甘えていない」の真実
先ほど出した性的欲望のトリガーの一つに「胸」が含まれている。私たち男はこの「胸」という部位に注目するようにできている。これは先天的なものらしい。そして、好みの胸については個人経験の影響も受けるようだが、大抵は大きい方が好まれるようだ。実際、先ほどのPixivランキングでもイラスト部門だと巨乳が描かれた作品の方が多かった。また、同人ゲームやイラストを購入することのできるDLSite*6のR-18カテゴリで登録された作品を見てみると「巨乳/爆乳」は97,806作品、「貧乳/微乳」は13,012作品*7とやはり大きい胸に軍配が上がっている。
それでははいふりという作品を考えてみよう。
はいふりのキャラクターで胸が大きいと言えばヴィルヘルミーナだろう。そして第七話で宇田慧とすれ違ったシーンが印象的な伊勢桜良、一瞬だけだったがブルーマーメイドの平賀さんあたりだ。確かに登場人物の数の割には少ない方なのかもしれない。
実ははいふりのキャラクターにはちゃんと胸の大きさの設定がある。ファンブックに載っている「リアリスト・めぐちゃんの秘密メモ♥」がそれである。記載された胸のサイズと人数を以下の表にまとめた。
サイズ | 人数 |
別格!! | 1名 |
とてもスゴイ!! | 2名 |
スゴイ!(Dカップ相当) | 1名 |
グッド!(Cカップ相当) | 6名 |
ふつー(Bカップ相当) | 13名 |
がんばれ(Aカップ相当) | 8名 |
ざんねん(AAカップ相当) | 4名 |
先ほどのミーナと桜良は「とてもスゴイ!!」、平賀さんは「別格」に位置している。高校生のカップサイズは平均Bカップらしいので、普通サイズを頂点としてまんべんなく分布しているように見える。
だが、奇妙な点もある。「スゴイ!」に位置している納沙幸子、「グッド!」に位置している知床鈴、伊良子美甘、内田まゆみ、黒木洋美、知名もえか、等松美海…いずれも本編で「胸が大きかった」という印象が薄いキャラばかりだ。特に納沙幸子と知床鈴は艦橋メンバーで出番が多かったにも関わらず、胸の大きさは全く印象に残らない。
これはどういうことか? 実ははいふりは胸の大きさがとても分かりにくいアニメなのである。
まず、このアニメのセーラー服が胸の大きさを隠している。公式サイトのキャラクター画像で横向きの全体像を見ることができるが、このセーラー服は胸のトップで膨らんだあと、そのままカーテンのように布が下に落ちている。そのため、前から見ても横から見ても胸の大きさがわかりづらい。
次に胸の影の描写である。はいふりは基本的に胸の下に影を描写しない。本編を見てもわかることではあるが、Blu-ray&DVDの3巻ブックレットに載っている設定画にも胸の下に影はつけるな、という指定がある。そのため胸に立体感がなく、大小の判断が付きにくい。
これらの胸の強調を極力抑えようとする描写が何を目指したものかは不明だ。しかし、胸という男性の性的欲望のトリガーを強調しないはいふりは確かに「胸に甘えていない」作品と言えるだろう。
男性が興奮する意外な要素
「胸に甘えていない」という印象が生まれる原因について先ほどまで考察してきた。胸以外にも「尻」「足」というパーツにも男性は興味をひかれるが、はいふりにおいて上記2つのパーツは胸よりも印象が薄い。「若い子」については登場人物がほとんど高校1年生であることから条件を満たしている。この部分は男性を刺激するとみて間違いない。
だが一つだけ、なんとも奇妙に思える要素がある。「ペニス」である。
なぜ男性はペニスが好きなのか
先ほども書いたが、この「ペニス好き」にはヘテロもホモも関係ない。なぜか男性はペニスに、しかも大きなペニスに目を引き付けられるようだ。これには複数の理由が考えられている。
こうした要因を知ると、「寝取られもの」「輪姦」さらには「ふたなり」と言った一見奇妙な性癖にも妥当性を見出すことができる。男は相手のペニスが大きいほど危機を感じ、自分のペニスも大きくするように対応する。また、女と自分以外の男が性交していると相手の精子をかき出し、自分の精子を注ぎ込むために勃起をするのだ。
そうなるとはいふりのような女性がメインの作品は、男性に性的興奮をさせるのに向いていない形式と言えるだろう。男性を興奮させるには、男性が必要なのである。
なぜ男性は素人が好きなのか
もう一つ、男性が好むものがある。それが「素人もの」だ。アニメオタク的な嗜好をしているとあまりピンとこないが、実際FANZA、DUGA、XCITYなどのR18動画を提供するサイトでは「素人」がカテゴリとなっている。
この素人好きも男性に普遍的にみられる性的嗜好のようだ。その原因としては以下の2つが考えられている。
- 身体的な「本物」好き
- 身体的な「目新しい女性」好き
「本物」好きについてだが、男性は「相手が整形していないか」「相手が豊胸手術などを行っていないか」「相手は本当にオルガスムに達したか」というのをことさら気にする生き物のようだ。ただ、この観点についてはアニメに対しての適用は難しい。
アニメなのだから対象の女性は完全に「偽物」ともいえるし、整形・豊胸手術をしていないのが確実な「本物」ともいえる。
それよりも重要なのは「目新しい女性」好きの方だろう。
男性が「本物」が好きな理由はいまいちわからないが「目新しい女性」が好きな理由はある程度分かっている。それは「精子の保存」のためだ。男性というのは射精後に一定時間性的なことに興味を失い、ペニスが縮む。いわゆる「賢者タイム」と呼ばれるものだ。
この賢者タイムは同じ女性と性交を行い、自分で出した精子をかき出すのを防ぐためだと言われている。男性が目新しい女性を好きになってしまうのは、新しい女性ならば自分の精子がかき出される心配はいらないからである。
つまり男性は定期的に新しい女性を求めてしまう生き物であり、天性の浮気性を持っているのだ。
そう考えるとはいふり、というよりもアニメ全般はあまりこの習性に優しくない。男性は次から次に新しい女性が出てくることを望むが、アニメは基本的にメインキャラの女性が固定されているからである。
もし男性を性的欲望を原理としてコンテンツにつなぎとめようとするのなら、ちょうど今のソーシャルゲームのように定期的に新しい女性キャラを投入する必要があるだろう。
実際のところ、はいふりは性的欲望を刺激しているのか
オギ・オーガスとサイ・ガダムの研究結果をはいふりと絡めて出た結論は「はいふりは性的欲望を刺激する能力に乏しい」となる。
だが、この机上の空論だけで満足する気はない。実際のところはどうなのか? この答えを知る術を私たちはすでに持っている。
何度か紹介したPixivにはピクシブ百科事典*8というWikiのようなサービスがある。その中に「R-18率」という項目があるのだ。これはその名の通り、あるキャラに対するR-18作品の比率に関する項目となっている。この項目によると通常R-18率は10%~20%に収まっているという。
これをはいふりにも適用してみる。人選は私が「R-18絵多そうだな」と思ったキャラとした*9。
Pixiv上でのタグ | 全体の数 | R18絵の数 | R18率 |
#ハイスクール・フリート | 5,480 | 657 | 12.0% |
#岬明乃 | 1,011 | 97 | 9.6% |
#宗谷ましろ | 508 | 50 | 9.8% |
#知名もえか | 371 | 57 | 15.4% |
#ヴィルヘルミーナ | 432 | 65 | 15.0% |
#西崎芽依 | 508 | 67 | 13.2% |
確かに大体10%~20%の枠内に収まっている。平均して若干低めな所は「はいふりは性的欲望を刺激する能力に乏しい」という結論の後押しにもなりそうだ。
だが、これだけでは納得しない人もいるだろう。これはあくまで「投稿された作品のR-18率」なのである。そうではなく、「高く評価された作品のR-18率」を確認するべきだと考える人もいるだろう。作品の投稿者の傾向ではなく、作品を視聴している者の傾向を見ようというわけである。
おあつらえ向きにPixivでは「はいふり〇〇users入り」という「どれだけの人にブックマークされたか」がわかるタグが存在する。これのR18率を見てみよう。
Pixiv上でのタグ | 全体の数 | R18絵の数 | R18率 |
#はいふり100users入り | 207 | 32 | 15.5% |
#はいふり500users入り | 88 | 23 | 26.1% |
#はいふり1000users入り | 65 | 11 | 17.0% |
この集計方法での比率が平均どの程度になるのかは不明である。そこで、数件作品を洗い出して比率を見てみた。ただし、以下の条件に合う作品に限定した。
- はいふりと同様、女子が多く男子が少数の作品
- Pixivでの投稿数が多い作品(少ないと比率が極端になる傾向があるため)
- オリジナルアニメの作品(原作ありだと原作側の傾向で比率が変わるため)
洗い出した表が以下になる。
Pixiv上でのタグ | 全体の数 | R18絵の数 | R18率 |
#ガルパン1000users入り | 2,254 | 781 | 34.6% |
#シンフォギア1000users入り | 403 | 89 | 22.1% |
#まどか☆マギカ1000users入り | 1,727 | 302 | 17.5% |
#ラブライブ!1000users入り | 7,469 | 903 | 12.1% |
#ゾンビランドサガ1000users入り | 549 | 156 | 28.4% |
#アイカツ1000users入り | 424 | 78 | 18.4% |
#バンドリ1000users入り | 1,358 | 352 | 25.9% |
全体的にみて、確かにはいふりのR-18率は低めの傾向にあるようだ。作品数が少ないとは言え、はいふりよりR-18率が低いのはラブライブ!のみという結果となっている。「はいふりは性的欲望を刺激する能力に乏しい」という結論は正しいと考えてよさそうである。
おわりに
これで理論と実践、双方ではいふりの特性が明らかになったように思う。
ただ、気になる点もある。先ほどはいふりよりもR-18率が低かったラブライブ!ははいふりよりも胸が強調されたデザインになっている。さらに長く続くシリーズゆえに女性キャラも都度増えている。これらの特徴を考えるとはいふりよりもR-18率が高くなるのが自然に思えるのだ。
どうやら性的欲望(リビドー)を中心に考えるだけではまだ足りないようだ。さらに文化的な運動…性的活動(エロティシズム)に関心を移していく必要がありそうである。