「天才」は美しいメロディーを思いついた後の綿密な音楽設計で、凡人にはっきりと差をつけるのである。
今までの批評は、構成や脚本に対してのものだった。しかし、今回の批評は少し視点を変えてみる。作品に使われている音楽、つまり劇伴(BGM)・OP・EDについての批評を行おうと思う。今回は主に劇伴に焦点を当てる。
アニメにおける劇伴の役割は何か
劇伴はBGMとも呼ばれ、メインとなる映像等の後ろで流れている音楽のことである。「劇伴」は「劇中で伴奏される曲」、「BGM」は「背景音楽」の意味なので、共に音楽を副次的な要素として捉えている言葉といえるだろう。
その役割は一般的に「ムードの醸成」「キャラクターの内面や感情の強調/代替」とされている*1。役割の上でも、劇伴は映像やシナリオの補強の側面が強いことが分かる。
まずはこの、前時代的な伴侶のような劇伴・・・常にアニメに一歩引いて寄り添うよな劇伴について見ていこう。
はいふり劇伴の楽器たち
ハイスクール・フリート ファンブックでは音楽制作を行った小森茂生に対するインタビューを行っている。その中で、はいふりの劇伴では打ち込みだけではなく、実際の海上自衛隊バンドと同様の構成で演奏を行ったと記載がある。実際に、DVD/Blu-rayにはサウンドトラックと共に、使用された楽器と演奏者が記載されている。
Drums:山内"masshoi"有
Bass:田辺トシノ
Guitars:内田敏夫
Trumpet:湯本淳希、田辺慶紀、吉澤達彦
Trombone:半田信英、東條あずさ
Bass Trombone:朝里勝久
Strings:吉田宇宙ストリングス
ただ楽器と演奏者を列挙しただけでは何の判断もできないだろう。他のアニメの劇伴についてもここで記載しておく*2。
まず「ステラ女学院C3部」。作曲家は中川幸太郎。
Drums: 大坂昌彦
Bass:納浩一
Piano:林正樹
Trumpet:中川善弘 西村浩二
Trombone:中川英二郎
Saxophone:平原まこと
Banjo:中川幸太郎
「幻影ヲ駆ケル太陽」。作曲家は加藤達也。
Strings:大先生室屋ストリングス
Horn:藤田乙比古 上間善之
Trumpet:佐々木史郎 奥村晶 清水康弘
Trombone:中川英二郎 鹿討奏
BassTrombone:野々下興一
Tuba:次田心平
「魔法少女まどか☆マギカ」。作曲家は梶浦由記。
Guitar:是永巧一
AcousticGuitar:田代耕一郎
Drums:佐藤強一
Bass:高橋”jr.”知治
Percussion:藤井珠緒
Piano:美野春樹
Flute:赤木りえ
Oboe:石原雅一
Cello:堀沢真己
Strings:城戸善代 Strings
Drums:YU”masshoi”YAMAUCHI YASUO SANO
Bass:TANABE TOSHINO
Guitors:HIROSHI IIMURO TETSURO TOYAMA
Strings section:DAISENSEI Muroya strings
Another Violin:DAISENSEI Muroya
Trumpet:SHIRO SASAKI
Saxophone,Flute:MASAKUNI TAKENO
Horn:OTOHIKO FUJITA TAKANORI TAKAHASHI
KAZUKO NOMIYAMA TAKAHIRO TSUMORI
MIKA TOYODA RYOSUKE TOMONO
「ガールズ&パンツァー」。作曲家は浜口史郎。
Flute:高桑英世 森川道代
Clarinet:元木瑞香 秋山かえで 川井夏香 野田祐介
Saxophone:平原まこと 近藤淳
Horn:藤田乙比古 高橋臣宣
Trumpet:西村浩二 菅坂雅彦 横山均 奥村晶
Trombone:中川英二郎 鹿討奏 山城純子
Euphonium:後藤文夫 大山智
Tuba:次田心平 大塚哲也
Percussion:高田みどり 藤井珠緒 草刈みどり
Strings:篠崎正嗣グループ
「艦隊これくしょん-艦これ-」。作曲家は亀岡夏海。
尺八:石垣秀基
Flute:宮崎由美香 竹山愛 泉真由
Oboe:工藤亜希子 岡北斗
Clarinet:渡邊一毅 澤本璃菜
Fagott:工藤淳子
Euphonium:大山智
Horn:藤田乙比古 勝俣泰 今井仁志 五十嵐勉 森博文 大東周 堂山敦史
Trumpet:奥村晶 辻本憲一 安藤友樹 内藤知裕 長谷川智之 依田 泰幸
Trombone:中川英二郎 鹿討奏 鳥塚心輔 半田信英 野々下興一 藤井良太
Tuba:本間雅智
Acoustic Guitar:太田光宏
Electric Guitar:城石真臣
Harp:朝川朋之
Piano:伊賀拓郎
Chorus:原千裕 大綱かおり 小野綾香 金持亜実 宮川千穂 渡邊仁美
Strings:門脇ストリングス
はいふりとよく比較される「ガールズ&パンツァー」と「艦隊これくしょん」を入れてみたが、楽器の種類と人数に違いがありすぎて適切な比較対象にならない。はいふりが極端に少ないわけではないことは、他のアニメを見れば分かる。2クールアニメである「キルラキル」をも上回っていることを考えると、この2つは予算からして違っているようだ。
はいふりと他作品を比べて分かることは、金管楽器の人数が多めという点である。前述したようにはいふりは実際の海上自衛隊バンドを踏襲したことを明言している。当然その中にはフルートやクラリネットなどの木管楽器も入っているが、特に演奏者を手配してはいない。予算の関係もあるだろうが、その中で金管楽器に比重を置いたのにはやはり意味があると考えられる。
その意味とは、金管楽器の音の特性だ。教育心理学者である梅本堯夫の著書「音楽心理学の研究」では、金管楽器が木管楽器よりも「温かく」「勇敢に」「熱く」「重く」感じる、という実験結果がある。
これはまさに戦闘の音楽に向いている音と言える。実際、紀元前1500年頃のエジプトではラッパが戦意高揚の目的に用いられた*3。
音を用いて精神を高揚させる、という使い方はまさに劇伴として正当なものと言えるだろう。言語としてではなく感動的な音としての音楽。その片鱗が、やはりはいふりの劇伴にも表れている。それははいふりだけでなく、他の全てのアニメにも言えるだろう。
だが、はいふりの劇伴がただそれだけの話に終始してしまうのだろうか?
次は作品に寄り添う音としての劇伴ではなく、作品を主張する言語としての劇伴に焦点を当てていく。
言語としての音楽
「音楽は国境を超える」。この言葉を聞いたことがある人は多いだろう。しかし、このように音楽を神秘的にとらえる考え方は18世紀末のドイツで生まれた、比較的新しい考え方なのである。なぜそのような考え方が現われてきたかについてはここで述べることではないが、岡田暁生著の「音楽の聴き方」と「西洋音楽史」に詳しく書かれているためぜひ読んでいただきたい。
音楽は音であると同時に言語でもある。音の例は前述した戦意高揚のためのラッパが一番わかりやすいだろう。では、言語としての音楽とは何か?
言語としての音楽としてなじみ深いのは「運命」「第九」に代表されるような多楽章形式の音楽だろう。これらの交響曲は第一楽章から第四楽章までで構成されているが、たとえば第三楽章の後に第一楽章を演奏するようなことは決してない。それは、交響曲が第一~第四楽章の順で語られる一つの物語だからである。
さて、ここまでの話がはいふりの劇伴とどのように関係してくるのだろうか。私が主張したいのは、まさにはいふりの劇伴はこの「交響曲」になっているのだ、ということである。
ベートーベンのように
はいふりの劇伴曲はDVD/Blu-rayに収録されているもので40曲ある。しかし、はいふりの劇伴メロディーとして一番最初に出てくるのは「晴風出航」に代表されるメロディーだろう。このメロディーは作中9曲に使われている*4。
ベースとなるメロディーをさまざまに変えて多数の劇伴を作っているTVアニメ作品は多い。上で列挙した中だと「ガールズ&パンツァー」はそれが顕著である。最近のアニメだと「SSSS.GRIDMAN」などが該当するだろう。はいふりがそれらと明確に違う点は作られた劇伴の使い方である。
劇伴を発注し、その発注に沿って作られた劇伴を該当する場面で使う。それはどんなアニメでもやっていることである。はいふりでもそれは当てはまる。はいふりが特異なのは、この作られた40曲のうち、4曲が最終話で初めて使われているという点である*5。そして、上記のメロディーに則った曲は2曲、「最終決戦」「フィナーレ」が当てはまる。
この2曲は劇中でどのように使われただろうか。「最終決戦」は武蔵の停止作戦で晴風含めた全艦の攻撃が始まった時に、「フィナーレ」はすべての戦いが終わった後、晴風から退艦するメンバーを映しながら流れた。いずれも作品のクライマックスと言ってよいだろう。
「晴風出航」のメロディーは第一話から視聴者の元へ届けられ、12話に渡って奏でられてきた。そしてクライマックスにその集大成として「最終決戦」と「フィナーレ」が流される。これはあたかもベートーベンの交響曲かのようなふるまいだ。ベートーベンの交響曲はそれまでのモーツァルトなどの交響曲とは違い、終楽章を最も重く盛り上がるものにする傾向がある。「第九」はその典型だ。
「第九」の第四楽章(終楽章)は聞いたことがあるが、第一~第三は聞いたことがない、という人はざらにいるだろう。だが、実際には第一~第三にも第四楽章につながるメロディーが隠されている*6。そして第四楽章でもメロディーを作りながら否定を繰り返し、最後の大合唱へとつなげていく。
ここにはいふりと重なる分がある。軸となるメロディーを観客に聴かせながら、クライマックスに完成された楽曲を叩き込む・・・まるで交響曲の終楽章のように。
最終回の盛り上がりを語るときに、OPとEDテーマの存在を忘れるわけにはいかない。これも1話から視聴者側に提示されていた音楽である*7。
「最終回に主題歌を流す」というのはTVアニメで古くから使われてきた技法であるが、それに否応なく反応してしまうのは、前述したようにベートーベン的交響曲の盛り上がりを感じているからなのかもしれない。
交響曲<はいふり>
元々TVシリーズのはいふりは11話、12話から逆算して作ったという話をイベントなどで公表している。
しかし、TVアニメという話数が決まった作品で最後から逆算して作るのは当然とも言える。それをあえて公言しているのは、それほど自信のある話数だからだろう。
実際に11話、12話の盛り上がりは素晴らしいものだった。だが、その最後を支えているのは1話~10話までの積み重ねがあってこそだということを忘れてはいけない。
以前お仕事ものとしてはいふりを語った際に、そのことは書いている。
そして今回、音楽を中心に見たことでストーリーの上に巨大な交響曲が重なっていることに気づくのである。劇伴、OP、ED、そのすべてがあの最終話のために綿密に計算され、作品に落とし込まれているのだ。
てんじんを含めた艦艇で最後の戦いが開始されたあの瞬間。晴風が武蔵への乗り込み作戦を開始するあの瞬間。すべての戦いが終わり、晴風メンバーが陸へと降りてくるあの瞬間。沈む晴風を前に岬明乃が涙をこらえて敬礼するあの瞬間。
視聴者の心を鷲掴みにするような音楽を放出する。その時体験する興奮は、体中の血が頭に押し上げられるほどのものなのだ。
ストーリーと同様に、音楽もまたはいふりの物語を雄弁に語っている。はいふりに使われている劇伴、OP、EDはそれ全てで一つの交響曲と言っても過言ではないのである。
おわりに
今回はいつもと方向性を変えて、音楽を中心にはいふりを見てみた。
音楽でアニメを語るというのは資料があまりなくなかなか骨が折れる作業だったが、やってみると面白いものだった。誰かアニメ音楽の歴史のようなものをまとめてもらえるとありがたい。その歴史に当てはめてはいふりの劇伴がどのような位置にあるのか語るのも1つの音楽批評になりうるだろう。