はいふり批評2 ~チームリーダー岬明乃~

 信頼とはすべての重要な人間関係の核である。信頼なしには、与えることも、一体感を得ることも、リスクを冒すこともできない。

ーーテリー・ミズラヒ

今回は前回のはいふり批評で最も重要だと判断した「お仕事系」という切り口ではいふりを読み解いていこう。

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 お仕事系アニメとしてのはいふり

はいふりのTV版11話と12話の展開は非常に熱く盛り上がるところである。折れてしまった岬明乃をみんなで支え、武蔵の浦賀水道突入を阻止するために晴風メンバー全員が一丸となる。

この最終話付近の展開は、まさにお仕事系のテンプレートと言えるものだろう。専攻の違う者たちが、一つの目的に向かって全力を尽くす姿。その結実が感動や熱さを生むのである。 同様の展開は「SHIROBAKO」や「タクティカルロア」等のお仕事系アニメにも当てはまる。

さて、それでははいふりのお仕事系としての特徴とは何だろう?

仕事内容と人間関係からここを読み解いていこうと思う。

仕事内容からみたはいふり

はいふりは「ブルーマーメイド」という職業を目指す女の子の物語である。このブルーマーメイドの仕事は航路保全と海難救助。現実の海上自衛隊のような組織だ。海上自衛隊(か、それに類する職業)がメインになるアニメ作品ははいふり以前にもあった。

海上自衛隊イージス艦「みらい」が第二次世界大戦時にタイムスリップする「ジパング」。海上の安全を守るための組織「青」の活躍を描く「青の6号」。民間護衛会社の護衛艦パスカルメイジ」の活躍を描く「タクティカルロア」などがそれである。

上記の作品群と比較したとき、はいふりには明らかな特徴がある。それは機雷掃海、海難救助という海上自衛隊の仕事にスポットを当てていることである。

はいふりのターニングポイント

 先にあげた3作品は基本的に戦闘(そして政治的な話)がメインの作品になっている。機雷掃海と海難救助については、ドラマ・映画などでは取り上げられるものの、アニメでは見当たる作品がない。その中で両者の描写を入れているのがはいふりという作品になる。つまり、他のアニメ作品と比べて海上自衛隊の仕事に対する網羅率が高いのだ。これがはいふりの大きな特徴と言えるだろう。

では、なぜはいふりは機雷掃海と海難救助を作品に組み込んだのか?ストーリー上の意味は何だったのか?

ストーリーを振り返ってみよう。まず最初に晴風クラスは海上安全整備局より反乱の疑いをかけられる。訳も分からないまま戦闘に巻き込まれ、自衛のために闘うのが最初の話数である。誤解が解けることで晴風クラスは海上の安全を守る側となり、この未曾有の事件に立ち向かう。そんな時に機雷掃海、海難救助を経験するのだ。そして、第八話以降は海の安全を守るため積極的に行方不明船の調査と拿捕にあたることとなる。

全体の流れを見ると、機雷掃海、海難救助の話は晴風クラスの意識が受動的なものから能動的なものへと切り替わるポイントとなっていることが分かる。

巻き込まれ、学校側の指示に従うだけだった晴風クラスは初めて第六話で機雷掃海の実施を決める。誰に支持されたわけでもなく、自分たちの意思で決めるのである。そしてこの場面でブルーマーメイドの標語が再び登場人物の口から発せられるのだ。このことから、機雷掃海の話がはいふりのターニングポイントになっていることが分かるだろう。

なぜ機雷掃海がターニングポイントになっていたのか、それは第二次大戦後の掃海部隊が海上自衛隊の原点ともいわれているからである*1。つまり、ここで機雷掃海は初心に帰ることへの隠喩と読み取れる。混乱していた彼女たちが、初心に帰り海を守るという使命に目覚めていく・・・。それがはいふりの物語なのである。

海上自衛隊の文化も描いたはいふり

 これまでの話を考えると、はいふりは今までのTVアニメの中で最も海上自衛隊の仕事に寄り添った作品のように考えられる。最後の決戦が日本を守るための戦いになっていたのもそれを強調しているだろう。

また、海上自衛隊の文化的な部分もはいふりでは表現されていた。一番わかりやすいのは金曜カレーと赤道祭だ。

第二話で伊良子美甘の「本日のメニューは晴風カレーです」のセリフに納沙幸子が「今日は金曜でしたね」と返すシーンがある。海上自衛隊の伝統である金曜カレーはいふりの世界でも生きているのだ*2

赤道祭も現在の海上自衛隊で行われている行事だ。晴風の赤道祭では「神様から赤道を渡るための鍵を貰う」という劇を演じている姿が描かれる。これは実際に海上自衛隊の赤道祭でも行われている劇だ*3

細かいところだと掃海具に顔を書くといったユーモア溢れるところも該当するだろう。以上の描写からはいふりは仕事の内容や文化の面において、海上自衛隊を他アニメ作品よりも多く描いているといえる。

 人間関係からみたはいふり

 はいふりの主人公は艦長である岬明乃である。同じく艦長が主人公(とほぼ同等)の作品としては先にあげた「タクティカルロア」がある。さらにこの作品は「女性ばかりの船」という点などはいふりと共通点も多い。しかし、はいふりタクティカルロアでは主人公の物語の出発地点が大きく異なる。

タクティカルロアはすでに関係構築が完了し、クルーは全員艦長に対して信頼を置いた状態にある。対してはいふりは、これからその信頼関係を築き上げなければならない状態からスタートする。

新たな信頼関係の構築。これが人間関係から見た場合のはいふりの特徴になってくると考える。

チームリーダー岬明乃

岬明乃は人間関係の構築に関して、実に合理的な動きを見せる。それは岬明乃が意図していたものではなく、その性格と「海の仲間は家族」という信念に基づいたものだろう。

まず第一話、この時点で岬明乃はクラス全員の名前を憶えていると思われる描写がある*4。名前を呼ぶということは、相手のことを認識している、関心があると表明することである。アメリカの心理学者ドン・クリフトンは「バケツ理論」という人間関係に関わる理論を提唱している。

  • 人はみな、心の中に「バケツ」を持っている
  • 人はそのバケツに「認知」「関心」「肯定」「称賛」を入れていっぱいにしたいがっている

岬明乃は知らず知らずのうちに、心理学的に有効な手段を持って晴風クラスとの関係を築き始めたのである。

さらに第二話、損害を確認するために岬明乃は自ら晴風クラスのメンバーに会い、会話をする。これも重要な行為である。

アメリカの心理学者であるロバート・B・ザイアンスは「ザイアンスの法則(単純接触効果)」と呼ばれる法則を発見した。

  • 人間は知らない人には冷淡な対応をする
  • 人間は会えば会うほど相手に好意を持つようになる
  • 人間は相手の人間的な側面を知ったとき、より強く相手に好意を持つようになる

 こうした「知らず知らずのうちに良い選択をしている」というのも、岬明乃の幸運の一つかもしれない。

だが、彼女の選択がすべて正解だったわけではない。

信頼関係の崩壊

人が人に対しての信頼を失うのはどんな時か?Microsoft社でプロジェクトチームを率いてきたスコット・バークンは著書*5の中で以下のように述べている。

でたらめな振る舞いや、予測できない振る舞いをしていると、信頼を壊してしまうことになります。

これが顕著になるのが第五話で岬明乃が宗谷ましろの制止を振り切って武蔵へ向かうシーンである。「海の仲間は家族」と公言しているにも関わらず、晴風を捨てて武蔵に向かった岬明乃。宗谷ましろはその行為がデタラメな振る舞いだと感じ、岬明乃の艦長としての資質を疑問視する、というものだ。

この一件では、そもそも岬明乃と宗谷ましろの艦長像に最初から差異があったこと、「家族」というものの解釈に差異があったことも関係を拗らせる要因になった。

そして第七話にて宗谷ましろが岬明乃の過去を知ることで彼女の言う「家族」を把握したこと、そしてお互いが逆の立場になったことで気持ちを理解したことにより関係が回復する。その後、第八話・第九話と晴風クラスが一丸となり問題に対処し成功することので信頼関係は強固なものになっていく。

しかし、それで終わらないのがはいふりである。

晴風最期の雄姿とその意味

最初に書いた通り、お仕事系の面白さは専攻の違う者たちが力を一つにするところにある。だが、それについては既に第八話で描いている。では、そこから先はいったい何なのか?

ここが、はいふりの最も面白く、最も興味深い部分になる。

第十話で晴風クラスは赤道祭を開催する。その中で岬明乃は一緒に笑い合っているクラスみんなの顔を見て微笑む。岬明乃はその時初めて晴風クラスのみんなと家族になれたと感じることができたのだ。

宗谷ましろと和解し、クラス全体も「海を守る」という目的の下に一丸となり士気も高い。子供のころから欲していた家族もできた。岬明乃はこのとき、自らが望んだ最高の状態を手に入れているといってもいいだろう。だが、まさにそのことが原因となって岬明乃の心は折れるのである*6

家族を失いたくないという気持ち、第五話で知名もえかに向けられた感情が今度は晴風クラスに向けられることになる。第二話で救難信号を受け取ってから「知名もえか」という心の支えを失っていた岬明乃はついに心を自重で潰してしまうのだ。誰かが、岬明乃を支え直してあげる必要がある。

第十一話でははいふりにおける艦長の在り方として一つの答えが提示される。宗谷ましろが言った「私はあなたのマヨネーズになる!」である。岬明乃を支えたいという宗谷ましろの、そして晴風クラスの思いが岬明乃を立ち直らせる*7。頼りがいのあるリーダーというだけでなく、「メンバーに支えられるリーダー」の在り方*8がここで提示されるのである。このリーダーの考え方もはいふりの特徴の一つといえる。

第十二話。艦長岬明乃と、それを支える晴風クラスは再び一丸となって、武蔵の救出作戦へ突入する。岬明乃の命令が下され、スクリューが回り、晴風の姿が艦尾から艦首にかけて映される。それは、晴風の雄姿を伝えるとともに、晴風クラスの心が一つになっていることを表す寓意でもある。ここにお仕事系としてのはいふりカタルシスは頂点に達するのだ。それ故、この直後に「ハイスクール・フリート」のロゴは表示され、この作品が本懐を遂げたことを鼓舞するのである!

おわりに

 お仕事系としてのはいふりを仕事内容と人間関係から見てきた。はいふりの特徴としては以下が結論となる。

  • はいふり海上自衛隊の仕事・文化を最も多く描いたTVアニメである
  • はいふりは従来の「頼りがいのあるリーダー像」ではなく「支えがいのあるリーダー像」を描いたTVアニメである
  • はいふり第十一話、第十二話はお仕事系として「みんなが力を一つに合わせる」ことを脚本、映像両方から描いたものとなっている

次回では2つ目のジャンル、戦闘美少女ものとしての批評を行っていく。

*1:https://www.hai-furi.com/special/report_soukai/

*2:現実の海上自衛隊では白い服にシミが目立つのでカレーは歓迎されないらしい

*3:晴風クラスのメンバーはめんどくさそうにしていたが、現実の海上自衛隊では貴重な休暇と娯楽になるため歓迎されるらしい

*4:作中語られていないが、ファンブック等で岬明乃は人の名前を覚えるのが苦手という設定があるのが分かる

*5:スコット・バークン『アート・オブ・プロジェクトマネジメント マイクロソフトで培われた実践手法』

*6:はいふりには、これと同様のアイロニーが散見される

*7:この点に意見がある人もいるだろう。実際に岬明乃が立ち直ったのはまだ知名もえかが健在であることを知ったからであり、そこに自然主義的な流れを読み取ることも可能である

*8:姫ノ木あく『ハイスクール・フリート いんたーばるっ2』にも同様の言葉がある