「このニ長調のソナタはたしかに、一般的な意味合いでの名曲ではない。構築は甘いし、全体の意味が見えにくいし、とりとめなく長すぎる。しかしそこには、そのような瑕疵を補ってあまりある、奥深い精神の率直なほとばしりがある」
お仕事もの、戦闘美少女ものに続いて、「ミリタリーもの」としてのはいふりを確認してく。
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戦闘美少女というイコンは、おたく的ブリコラージュの見事な発明品である
ーー斎藤環「戦闘美少女の精神分析」
はいふりを戦闘美少女系として見たとき、そこには何が見えるのだろうか。今回の視点はそこにある。
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陰口きくのはたのしいものだ。人の噂が出ると、話ははずむものである。みんな知らず知らずに鬼になる。よほど、批評はしたいものらしい。
――小林秀雄「批評家失格Ⅰ」――
ハイスクール・フリート(以下、はいふり)という作品には多様な評価がある。私が感じるところだと、はいふりの評価は両極端であり、人によって評価が真逆になる傾向が強い。
そこで「結局のところ はいふり とはどんな作品だったのであろうか」という疑問を突き詰めるため、この「はいふり批評」を書きはじめた。
当然はいふりの内容に関して触れており、ネタバレを含むので注意していただきたい。
最初に、はいふりのジャンルは何なのかについて考えてみようと思う。
と、その前に「作品をジャンルに分ける」という行為が、批評において意味のない行為と考える人もいるだろう。「はいふりはミリタリー作品である」と宣言したところで、「だからなんだ?」というわけだ。この宣言は読者(視聴者)に何の価値も提供しないように思われる。しかし、それは誤った理解だ。
「作品をジャンルに分ける」という行為は「この作品はこの文脈で読めばよいですよ」という情報を読者に提供するためにある*1。例えば、はいふりをロボットアニメというジャンルだと認識して視聴した場合、はいふりは駄作以上の何物でもない。なにしろロボットが出てこないのだから。このような例はあまりに極端だとしても、ジャンルを適切に分類することが、作品を視聴する際に重要なことは分かるだろう。
そして、ジャンル分けはその重要性故に、誤った分類は致命的な解釈違いにぶつかることになる。ジャンル分けは批評の分水嶺と言えるかもしれない。この後、私の考えるはいふりのジャンルを列挙するが、作品を読み込むことでそれが変わっていく可能性もある。
私が想定するはいふりのジャンルは以下の4つである。
1~4の順番は私が考えている重要度を反映している。
お仕事系とは何らかの仕事をテーマにした作品のことだが、はいふりはブルーマーメイド*2の仕事(航路保全、海難救助)をテーマにしていると考えられる。
戦闘美少女系とはセーラームーンやプリキュアのような「女の子が戦闘する」作品である。はいふりも艦艇を用いた戦闘シーンがあるため、戦闘美少女系に分類されると判断している。
ミリタリー系ははいふりがよく分類されるジャンルである。旧日本海軍艦艇が多数登場すること、晴風が実在の駆逐艦のエピソードを取り込んだ運命となっていることなどが分類の根拠である。
最後のサイエンス・フィクションだけジャンルの大きさが場違いになっているが、RATt関連を見るとはいふりをSFとして視聴するのはあながち間違いではない。
私的な分類ではあるが、重要度付けの理由も書いておく。まず、ミリタリー系の重要度が低くなっているが、これははいふりが戦争やそれに類する争いがメインの話ではないからという理由からである。また、主なミリタリー要素である各種艦艇も実在していたものとかけ離れた設定になっているため、ミリタリー系としては重要度を低くした。
次に戦闘美少女系よりお仕事系の重要度を高くしているが、この順位付けはかなり微妙な判断である。作品全体の整合性を考えたとき、戦闘と関係のない話が複数入るはいふりは、お仕事系の傾向がより強いと判断した。
冒頭ではいふりの評価は両極端になっていると書いたが、その大きな理由はこのジャンル分類の誤り、あるいはその困難さに起因しているのではないかと私は考えている。つまり、本当はお仕事系として読み込むべきはいふりを、戦闘美少女系やミリタリー系として読み込んでしまったがために評価を誤ってしまったのではないか? ということである。
次からは重要度の高いお仕事系を切り口にしてはいふりを見ていく。
ウマ娘 プリティーダービー EXTRA R見ました。
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